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支援員のキモチ《その1》

支援員、その名前はとても便利。ユーザーにとって。

「支援」→「お手伝い」。しかし、ICTの意味が「パソコン」「機械」というイメージのせいか、電気が通っていれば全部…みたいな街の電気屋さんか!というような中身の相談がくる。

これを個人で本当の意味で完璧にやるのは、はっきりいって無理だ。

でもこう言うと、これを「私はやっているよ!」とおっしゃる個人支援員さんが実際に何人もいる。やっているけど、それは多くの場合大変な負担と無理難題ばかりで、身体的にも精神的にもストレスは半端ないだろう。しかもその業務内容に対して低賃金の場合が多い。

「毎日こなしている」イコール「無理じゃない」なんて決して思わないでほしいのだ。

それは雇う側も、支援員自身もだ。

まあ、とはいえ支援員全員がこんな状態なわけじゃなくて、極端に逆の場合もあるので、誤解のないようにお願いしたい。

そちらの話はまた別途。

 

さて、私のお客様でも、ヘルプデスク、保守の契約をきちんと結んでおられるところは、支援員の仕事に、物理的に時間のかかるハードの修理や、ソフトウェア・システム等の障害時に原因の究明から最後まで治す作業などは通常伴わない。

しかし今、この大変な「支援」→「ほぼ修理屋」をやってる支援員さんは、これ以外にもExcelでソフト作ったり、先生の代わりに文書作ったり、その上授業の支援、教員研修、情報モラル、校務システムのお世話…びっくりするほど文科省の言うところの「ICT支援員」とは違うマルチプレーヤーとなるのだ。

文科省の言う「ICT支援員」は周りにSE、CE、営業、ヘルプデスクなど、その他サポート体制があって初めて成り立つものだ。

だからって私のところが全て網羅してるかっていうとそんなこともない。現場っていうのはそんなに単純ではなく、いろんなケースがあるだろう。

 

支援員の話となると表に出てくるのは、「先生のお役に立てて嬉しい!」「子供達の笑顔が元気をくれます!」などという言葉が踊り、爽やかな感じの支援員さんの笑顔の写真で飾られる。確かにね、確かにそうだ。私も任務終了の日に今まで授業支援でお手伝いしてきた幼い子供達が、「今までありがとうございました!いがらしさんが教えてくれたからできました」なんて素敵なお別れのお手紙や作品をパソコンで作ってプレゼントしてくれたりして、何度となく涙した。確かに楽しい。やり甲斐はある。きっと多くの支援員さんがこれを体験しているだろう。

しかし、ここでは感情論ではなく、もう少し冷静に「ICT支援員」を本当にこれから学校に必要な仕事として見た場合の話をしたい。(続く)